通る意見、通らぬ意見 Vol.2005
意見が通る人と通らない人がいる。
もちろん、ただ単に声が大きいだけの人もいる。
けれどそういう人は間違いなく、そのうち誰も言うことを聞かなくなる。
では、通る人と通らない人の違いは何か?
それはまず、明確な「根拠」があるかないかだ。
明確な根拠があるから、堂々と主張できる。反論されたり質問されても、適切にこたえることができる。
つまり、非の打ちどころが見つからないから、意見が通る。
だから、意見を通したいなら、そこに揺るがない根拠を考えておくことが大切だ。
けれど実はこれだけではまだ足りない。
実はもう一つ、もっと大切なものがある。
それは、「責任を持つ」ということだ。
意見に責任を持つとはつまり、その意見を実現するために労を惜しまず、やり遂げるということだ。
どれだけ明確な根拠があろうと、強固な根拠があろうと、自分の出した言葉に責任を持たない人間のそれは、それがどんなに素晴らしい意見であろうと、うっとおしい押し付けにしかとらえられなくなる。
意見は自分の様そのものだ。
通らないのは足りないから。
通すためには、根拠と責任を持つ。
その2つが意見に宿れば、その意見は強いものになる。