頑固おやじで何が悪い!?

思ったことを思ったとおりに書いています。ただし、発言には責任を持っています。ここで書いているのは僕の意見なので、異見をいただくことはかまいませんが、ここで議論をするつもりはありません。自分の軸や方向性を見失わない場として書いています。

「やる気」について 2016.02.11

「やる気が出ない」ことを環境のせいにしている人は、一生そのままだ。
「やる気」は他人に引き出してもらうものではなく、自分で出すものだからだ。


中には良い人にめぐり合えて、あるいは良い機会にめぐり合えて「やる気」に火がついたという人もいるだろう。
けれどそれは、本人に「やる気」を出したいという意思があったから、きっかけをつかむことができたということだ。


「部下をやる気にさせる」とか「子供をやる気にさせる」ということが良く言われているが、こんなことは、自惚れ以外の何物でもない。
本にできるようなステロタイプのやり方でうまくいった理由は、たまたま本人のやる気とそのきっかけを与えるタイミングがあっただけのこと。


以前にも書いたことがあるか、
やってみて、言って聞かせて、させてみて、誉めてやらねば人は動かじ
山本五十六元帥がおっしゃったというが、これは、そうしなければ人が動かないということではない。
日本人の誰もが知っており、軍神のようにあがめられていた山本五十六だから、それで人が動いたということだ。


箸にも棒にもかからない僕も含めたその辺の人間が、山本五十六元帥と同じことをしたところで同じ結果など出るわけもない。
「人をやる気にできない」と嘆くのは、自分の努力を認めてもらいたいという甘えでしかない。


「やる気がでない」と言っている奴は、甘ったれるな。自分でそのきっかけを見つける訓練をしろ。そこで目を凝らす我慢を覚えろ。
「やる気を引き出してやれない」という奴はうぬぼれるな。他人のやる気を出せないと嘆いている暇があったら、自分ができることをしろ。それを突き詰めろ。


一生懸命やるためにやる気が必要なのではない。
一生懸命やっていることでやる気は出てくるものだ。


きっかけは、与えてやろうと思って与えられるものじゃない。
一生懸命にやっている姿が、人の気づきにつながるんだ。