「ため」は誰のため?(2012.11.25)
人は物心がつけば、必ず何かのため、誰かのために動くものです。自分のため、友達のため、親のため、会社のため。
すべては何かの「ため」。
その「ため」がなかなか「何か」に伝わらない。
会社のためにやっているのに、あいつのためにやっているのに、親のためにやっているのに、なぜわからないんだろう?なぜ怒られるのだろう?なぜ嫌がられるのだろう?なぜ反発されるのだろうと、「ため」が伝わらないと、イライラしてくるものです。
相手を思っていたはずが、いつの間にか責める気持ちに変わっていきます。
けれどそれはきっと、「ため」が本来、相手ではなく、もともと自分の「ため」だからなのだろうと思います。
告白すれば、少なくとも僕は、「なぜわかってくれないのだろう?」と思う時は、純粋に相手の「ため」だけを考えているのではなく、自分がそれを伝えられないことを隠す気持ちも持って、そう言っている時があるように思います。
自分以外のものの「ため」であれば、それが伝わらなくて悲しいことはあっても、不愉快になることはないはず。
「ため」を自分の未熟さの言い訳にしないよう、少しずつ気を付けていきたいと思います。